りさーにゃ的解釈*同情するなら金をくれ

こんばんわ。(誰に挨拶してるんだか。笑)

別れる時には言葉の誠意なんかではなくお金が欲しいりさーにゃです。笑

疲れ過ぎていて今日もナチュラルにテンション高いです。 

お金、そうお金です。

だってだってですよ。

相手に愛がなくなった時に得られる誠意って

悪く思われたくない、とか、同情、とか

そんなもんじゃないかと思うんですね。

だったらお金!

って思いません?

誤解の無いように書きますが別れる度にお金を請求しているわけじゃないですよ。笑

それなりに金員を請求できる立場にいる時です。

逆説的に、お金こそが誠意ですよ。

身銭を切るって身が痛むでしょ。

痛みこそが相手への誠意です。

ちょっと強引すぎますか?

いや、間違ってないと思うんですよ。

 

金員を請求できない立場の別れについて書くと

さっさと切り上げましょうに尽きます。

ぐだぐたやっても時間と労力の無駄です。

別れ際にぐだぐた言う男なんて大嫌いです。

りさーにゃ、なんだか冴えてます。笑

 

これは前置き。

ここから本題。

 

そうは言っても愛こそが全てです。

まさに、お金では買えないもの、です。

 

りさーにゃ的に愛は求めるものじゃない。

与えるもの、というのも違う。

ギブ&テイクでもない。

フィフティフィフティでもない。

 

愛とは、ただ愛すること、だと思うのです。

 

誰かを、何かを、ただ愛する。

 

愛することの幸せってあるんです。  

りさーにゃはそういう愛に生きたいと思っているんです。