美しき静けさ

この十年、詩を書くことが好きな人間を多く見て来て学んだこと。

頭の悪い人間は書かない方がいいということ。

(自分を含めてだか。)

何故かというとバカがわかるから。

それは衒学的な物書きをする人間にも言える。

バカがわかる隙間があるのだ。

或は人間性が滲み出る隙間。

 

沈黙は金とはよく言ったものだ。

しかし好む好まないとは別に

モノを書かねばならない立場、にいると

書きながら自らの頭の悪さを認識し

学んでいく行為にもなりえる。

バカから学ぶこともあるのである。

 

私が好きなもう一つの静けさ。

 

それは人間ではない動植物の命の在り方。

彼らは社会的に見れば沈黙している命だ。

人間のように主張することが出来ない。

邪魔になれば伐られる花木。

身勝手な理由で捨てられるペット。

グルメたちの胃袋に収まる家畜。

増えすぎれば駆除される鳥獣。

趣味で撃ち殺される野生動物。

沈黙の哀しさ、と、美しさ。

その愛おしさ。

 

それに比べ人間は何て主張の多い生き物なのだろう?

今やオバサン詩なんか読むと

煩いババア!と思う。

実際にそう言ったらどうなるか?

「私には主張する権利がある!」と

ボリュームが上がる。笑

歳を取ると性根は治らないのである。

主張が過ぎる人間が戦争を起こす。

と言っても大抵の詩人の主張はただのナルシズムだが。

 

 

柴田トヨさんは好きだけどね。

彼女は頭のいい人だから。

本当に頭のいい人は必ず謙虚さを併せ持つ。

作品から生き方を学ぶことが出来る

詩人と呼ばれてしかるべき人。

 

え!? 私?

全然謙虚じゃありません。

頭悪いから!