静けさの中で

 朝、大切な書類にようやく目を通す。大事な用事を一つ一つ片付けながら今日を生きる。時に「私」をおいて今を生きる。詩なんて書いている場合じゃない。ましてや詩について語り合っている場合じゃない。詩人は「私、私、」と煩いから嫌いなのだ。

 湖畔のような静けさを持つ造形、絵や写真が好きだ。批評や解説や宣伝はそもそもナンセンスなのだ。すでに言葉である煩さの上に、それらの言葉を重ねたがる詩人たち。「私、私、私、私、」が五月の蠅のようだ。

 

 書類にサインをする。一つの約束事が一つの可能性を開く。この書類にサインをするのにおそらく5年以上の月日を費やした。私自身と、私が作り上げる環境と、サインに見合ういわば土作りのための努力と沈黙の時間だった。

 やるべきことの数々に最良の順位付けをし、最善の選択をしていく。花が咲き、鳥が鳴き、犬が吠える、この世界で、そのように生きる。桜はすでに散り、忙しい季節がはじまる。いらないものを捨て、身を軽くして臨む。